学び続けることだけは諦めない

バブル崩壊後に生まれた若者視点で観る世の中。諦める教育を施されてきたが、学ぶことだけは諦めたくない。

インプットとアウトプット

インプットするということ

 これは知識を仕入れることだと思います。ただ、最近気になるのは、どうすれば自分の中で腑に落ちた上で、納得できた上で、アウトプットにつなげることができるかということ。「早く確実に」も大事ですが、自分の中で落とし込めていないと、それはあくまで他人の意見であり、他人の受け売りでしかないですよね。知識を知識として、流しているだけ。無加工です。

 

 この知識を自分の中で納得して落とし込む作業が、自分の中でそのインプットしたことを自分ごととして話したり、自分の意見として話すことだと思います。そこまで、いくと自分の言葉で話すことができるのではないでしょうか。知識を加工商品として売り出す。そういったことが今の時代求められている気がします。他の時代は生きてないので、知りません!w

 

 言葉というものは、相手に対してものすごい影響力を与えます。マイナスの言葉がけ、たとえば、中傷したり、ネガティブな発言をすること。こういったことは相手の行動する気までそぐことができます。自分が攻撃されている場合の防御戦術としては有効ですが…。

 逆に、プラスの言葉がけ、ほめたり、前向きな発言をしたりすること。こうすると相手に行動してもらったり、自分に対して、相手が好印象を抱いてくれたりします。

 いくら本心で違うことを思っていても、伝わるのは言葉です。このようにSNSが発展してきた世の中であれば、なおさら言葉の影響力は強いです。また、テクノロジーが発達し、機械的に言葉が生み出されるようになると、必要なのは先程あげた、加工されていない生の商品ではなく、加工された商品ではないでしょうか。その人なりの価値がついていないと、他者とまったく同じものであり、価値が薄くなってしまいます。

 

でもアウトプットするということ

  でも、いざアウトプットしようと思っても、思うようにいきません。今までインプットにこだわり続けていた身としては、「どのように」アウトプットしていいかわかりません。他人に伝わるように伝えるのもアウトプットではありますが、それは大切な何かを忘れているような気がしてならない。ビジネス的には正しいと思うのですが、心の機微や感情などを考慮すると、それとはまた違ったものがあるのでしょうか。

 

 伝えるのではなく、表現する媒体としてであれば、受け手がどうかも大切ですが、自分がどのようなことを表現したいかも大切だと思います。受け手それぞれがそれぞれに解釈するというのもまた面白いものだと思います。

 

 なので、どのようにアウトプットしたいかを自分がまず考えてみる。自分を大切にするか、相手を大切にするか、それもまた時と場合で変わると思います。そのときどきで考えてからアウトプットする。

 

 ただ、アウトプットについて、どうアウトプットするのが面白いとか、どうするのが効率いいとかそういった意見をもっと読まないといけないと昨今は感じていますが…w